獄中と娑婆を繋ぐ媒介人、あるいは塀の外と中の緩衝帯としての差し入れ屋

大阪拘置所の川沿いにある差し入れ屋「丸の家・放免屋」と書かれた看板が度肝を抜く。

恐る恐る引き戸をカラカラと開けた。きっと恐らく50年以上店舗の中は変わっていないであろう、昔にタイムスリップしたような雰囲気だ。店舗正面の棚には所狭しとスナック菓子、飴、ゼリーなどの食品のサンプルが並んでいる。
左側には下着などの衣類、日用品が少しだけ置いてある。左側には雑然とした事務台が置かれ、若い女性のスタッフが和気藹々と雑談に興じている。事務台になぜか愛くるしい茶色のトイプードル3匹が寝転がっていた。



大阪拘置所に行くと友人に伝えたら、この店のホームページを教えてくれた。
Webデザインは随分とお洒落で、ぱっと見、鎌倉あたりの和菓子屋さんのような印象を抱く。役所のサイトなどとは違い機能性が高く、ネットでのオーダーができること、店までのアクセス、店の歴史、よくある質問など簡潔に書かれていた。


「すみません。死刑囚に差し入れって出来ますか?初めてのことで何も分からなくて」

ホームページと実店舗のギャップに圧倒され勝手が分からず、カウンターに座っていた白髪でメガネのおばあさんに尋ねる。


「本人が拒否しない限り大丈夫。もし本人が拒否した場合、全て返金します。」

私以外に客は、大人の親子(女性)がキャッキャしながら迷いつつ品定めをしていた。
塀の中の旦那(お父さん)への差し入れなのだろうか。慣れているようだ。
予算の1万円をオーバーし、「まーしゃーないなぁ」とふたりで笑いあっている。

おばあさんは小声で私に問いかける。


「ちなみに、どなた?」

「林真須美さんです」

彼女はニッコリと微笑む。

「林さんね。あの方も長いからね。林さんは差し入れを拒否しないから大丈夫。喜んで受け取る方よ」

何だか私は安心し、サンプルのお菓子をずっと見入っていた。コンビニの品数とは比べものにならないくらい少ない。どこかの田舎の商店に迷い込んだ感覚。

死刑囚本人が一日に受け取れる品数は最大5品。もし複数の人の差し入れがあった場合、差し入れ人がオーダーした物は分散して差し入れられる仕組み。

「差入願箋(食)」という用紙の「被収容者 氏名」欄に「林真須美」と記入し、「差入人」の自分の名前と住所、電話番号、年齢を記入する。立って書く記入台もあったのだが、おばあさんに椅子に座るように促され、おばあさんと対面しながら100品目位の書かれた食品リストから購入品を選び、個数を記入する。

「あなたはどこから来たの?」

「東京?わざわざ遠方からね」


死刑囚にとっては、

飴玉ひとつでも誰からか差入れしてもらったら嬉しいこと、

取材目的で事件当時は林真須美氏への差し入れが沢山あったが今はほとんど無いこと、

マスコミは事件があるごとに面白おかしく書きたて、受け手も他人事のように「消費」してしまうこと、

自分たちはたまたま娑婆にいるだけであって、人生で何か一歩踏み外し塀の中に入る可能性があること、

等等、丁寧に語りかけてくる。仏のようだ。

あまりにも沢山の話に、食品リストに目を通すのが大変なほどだ。

菓子パンも朝食時やおやつの時間に出されると喜ばれるとのことなので、パンも幾つか購入した。

以下は、林真須美死刑囚に差し入れした物


はちみつ100%飴 2
ミックスゼリー 3
照り焼きチキンデニッシュ 1
パイの実 2
ピザポテト 1
アーモンドスペシャル(パン)1
クリームパン 1
ナッツ&フルーツ1
芋けんぴ 2
エアリアル 2
カール 2
源氏パイ 3
のど黒飴 2
じゃがりこ 2

領収書
計5964円
但 林真須美様差入代



領収書をお願いすると、宛名と但しは空白でも書いて良いとのことだったが、自分の名前と但しも書いてもらう。

明日以降、林死刑囚に私以外の差し入れがない場合、一日5品目で1週間で私の差し入れ品全てが本人に届くとのこと。もし他の人も差し入れをしていた場合、2週間前後で全て届けられる。

丸の家に置いてある商品やお菓子は拘置所内の厳格な規定に沿った物だけしか置いてない。お菓子も(拘留者が自殺に使える可能性のある)乾燥剤(シリカゲル)が入ってないもので、全ての商品に「根拠」がある。一見するとスーパーやコンビニに売っているもののようだが違う。

大阪拘置所前には、かつて3軒の差入れ屋があったが、「丸の家」以外の2軒は廃業してしまった。
決して「独占だったわけではない」と付け加えた。

「もし差し支えなければ…あら出所されたのね」

椅子から立ち上がり店を出ようとした。
店の外に目を向ければ、カバンひとつと紙袋ひとつを持って歩く丸刈り頭の中年男性がそそくさと歩いていた。

「林さんの息子さん、ここによく来るから、今日のあなたのこと伝えて良いかしら?きっと喜ぶ」

遠慮がちにおばあさんは私に言った。

「もちろんです。是非伝えてください」

お土産、プレゼント、ご馳走、花束、お金…
自分の気持ちを相手に伝えるときに必ずモノが介在する。
隔絶された塀の中と外の緩衝帯としての差し入れ屋「丸の家 . 放免屋」。
そこには深い慈悲の愛があった。

私は店を後にした。

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